「聞いたことは、忘れる。見たことは、覚える。やったことは、わかる」は老子ではなく荀子
先日、ジェネリックスキルに関する講演会を聞いてきました。なかなか面白い内容で、わりと感心したわけですが。
その講演の中で、学習による知識の定着率を示す図ですと紹介されたのが「Learning Pyramid」。NTL Instituteによるレポートなのだとか。
photo by dkuropatwa
これ見ると、なんか経験則的に「やっぱりね」とか「知ってた」みたく思ってしまいませんか?
ただこのLearning Pyramid、実際には検証可能なデータに基づいた研究ではない模様。もともとはアメリカの教育学者であったEdgar Daleが開発した「Cone of Experience」というものがあり、それに数字を(勝手に?)追加したものが世に広く出回ってしまっているとかなんとか(注1)。
注1:Learning Pyramidが検証可能な研究ではない旨は、上図のリンク元にも書いてあるし、Edgar DaleのWikipediaにおいてはCone of Experienceが誤った内容で広められていると書かれているものの「clarification needed(要出典)」になっているし、正直よくわからん。
まあ、数字の真偽はさておいて、妙に納得できてしまう図ではあると思います。ちゃんとした根拠として提示できるようなデータだったらもっと良いのですけど。
妙に納得できてしまう一例として、たとえば「効果10倍の<教える>技術 授業から企業研修まで(PHP新書)」という本があり、この第1章には以下のような記述があります。
約二千五百年前にあの有名な老子は「聞いたことは、忘れる。見たことは、覚える。やったことは、わかる」と言ったそうです。{略}この老子が言ったことを数字で表したアメリカの研究者がいました。それは、次の通りです(数字は、記憶に残る割合を表しています)。
聞いたことは、10%
見たことは、15%
聞いて見たときは、20%
話し合ったときは、40%
体験したときは、80%{略}
教えたときは、90%
です。
このように、半ば出所不明のままLearning Pyramidを引用しているわけですが、まあ、こんな風にさらっと読んでしまうと、ただ単純に「へー」ってなっちゃいますね。僕がジェネリックスキルの講演を聞いた時もそうでした。
ちなみにその前に「聞いたことは、忘れる」ってのを「あの有名な老子」の言葉として紹介しているけれども、老子っていうのは無知無欲、無為自然の道徳経なわけで、ちょっとぴんと来ない。
老子は学問に関してはこんなことを言っています。
学 を絶 てば憂 い無 し。(〔『老子』二十章〕学問をやめてしまえば、人生に苦悩はなくなる。人間の苦しみは、教養を積み、認識可能な世界が拡がるにつれて増してくるので、嬰児のような素朴な心に戻って無為自然に生き、憂いを絶つべきだという意。)[中国名言名句の辞典(小学館)より]
これは別に学問を否定しているお言葉だというわけではないのですが、少なくとも老子はあんなことは言ってないわけです。
さて、ではこの「聞いたことは、忘れる」のフレーズが、老子のものではないとしたら誰のものなのだということになるのですが、これでググると恐ろしいことに老子の言葉として伝聞的に紹介されているものばかりがヒットして、何処が出典なのかがわからないという(たまに、孔子の言葉と紹介しているものがヒットしたり、老子とか完全に無視してコミュニケーションの3原則であるなどと断言しているものがヒットしたりする)。
聞 かざるは之 を聞 くに若 かず。之 を聞 くは之 を見 るに若 かず。之 を見 るは之 を知 るに若 かず。之 を知 るは之 を行 うに若 かず。学 は之 を行 うに至 りて止 む。(〔『荀子』儒效〕聞かないことは聞くに及ばず、聞くことは、見ることには及ばない。また見ることは、理解することに及ばない。しかし理解することは、それを実践することには及ばない。したがって学問は実践の段階にまで至って終わるのである。)[中国名言名句の辞典(小学館)より]
似たような感じのものなら、ほかにもあります。
学 びて化 せざるは、学 ぶに非 ざるなり。(〔楊万里『庸言』九〕学習してもそれを己のものにできなければ、それは学んだとは言えない。)[中国名言名句の辞典(小学館)より]
とか、
学 びて思 わざれば則 ち罔 し。思 いて学 ばざれば則 ち殆 うし。(〔『論語』為政〕書物や人から学ぶだけで、それについて自分で思索をしないでいると、物事がはっきりと見えない。自分で思いをめぐらすだけで、書物や人から学ばずにいると、一人よがりになり危険である。)[中国名言名句の辞典(小学館)より]
とか、
学 びて時 に之 を習 う、亦 説 ばしからずや。(〔『論語』学而〕学んだことを折にふれて繰り返しおさらいする。こうして理解が深まり学んだことが自分のものになる。いかにも嬉しいことではないか。)[中国名言名句の辞典(小学館)より]
とまあ、そうですねとしか言いようのないお言葉ばかりです。
Learning Pyramidの数字が検証できないものであるにせよ何にせよ、こうした名言名句と似たような内容になっているわけですから、妙に納得してしまうのも無理はないというか、そもそもLearning Pyramid的なものを持ち出さずとも、こうした昔からの言い伝えを根拠にしても別に問題ないですね。だって名言なんですもの。
たまにはこうして、たくさんの名言名句に触れるのもイイものだなと思いました。完。