ネコメシCEOブログ

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受託だからこそ僕は生きていける

現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は 組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン

という記事があって、まあ内容は無いようというか、わりとどうでもいい感じなんだけども(言わんとしたいことはわかるんだけども)、ただ特にタイトルにもある公私混同人材という部分に関しては、「ああ、それだ。それそれ」的な按配を連想した。

記事では4ページ目で、公私混同人材とは何ぞやという筆者の定義を書いていて、それは

「公私混同」とは、“私”として実現したい何かがあり、それを公的な役割である「職業」を通して実現しようとすること

ということだそうだ。うん、この部分はとてもしっくりきた。というのも、たとえば僕がそうだから。

ちょいと前に、えふしんさんが「ネットサービスの成功者は「とりあえず受託」という言葉使うのやめません?」という記事を書いていて、わかるんだけども、なんかしっくりこなかった。なんでかっていうと、僕は受託こそ生きていく道とさえ思っている人間であるものの、"ガチ受託" っていう表現になんか違和感があって。(ガチじゃなくてマジとかピュアとかでも同じ。なんというか、そういうことじゃないってのがあって)

 

で、ここで「公私混同」という表現に出会った。ああ、これだな、と思った。

 

そうなんだよね。こう、我々のような受託命なデザイン従事者ってのは、何を考えているかというと、「クライアントのふんどしで自分の相撲をとる」ために受託してるんじゃないか?と思うんだけど、違うかな。

だからこそ、僕なんかは、別に差別じゃないんだけど、クライアントはできれば影響力が大きいところだと嬉しい的な部分はある。(もちろん小さいところでも、喜んで受託するけど。弊社のような零細は、声がかかっているうちが華だから。請けた仕事はどれも常に粉骨砕身の姿勢が大前提。)

 

深層心理というか、超正直な気持ちでいうと、別にクライアントのパートナーになって彼らの夢を一緒に実現したいとか、そういうことじゃなくて、単に、クライアントが市場や社会に対して持っている威光にあやかって、そのふんどしで自分の相撲をとる、つまり、僕のやりたいことを具現化したいだけなんだ。だから受託を好んでやっている。ようするに、そうした威光を自分でイチから作り出すのは正直無理だと思ってるってこと。

で、そうしたプロセスにおいて、クライアントのパートナーとしてやっていくっていうスタンスが、長い目で見ると近道なんだよねっていう部分があって、だからそういう風な語り口になっているっていうのはある。(別に、"なりたくない" わけじゃないから。なれるんだったらなりたいしね。)

 

ちなみに、僕が他人のふんどし使ってやりたいことってのは何なのかというと、短期的には「新しい "やり方" の模索と実践」、長期的には「高度なアクセシビリティがインターネットの大前提とか共通言語になってる状況」って辺り。中期的には、短期的なものの定着やその改善ってのもあると思う。自分のふんどし使ってやりたいことは、もっと色々たくさんあるけど、ありすぎてどれだけ出来るかわからない(当面、もっとも注力したいのは大学卒業だな)。他人のふんどしを使わせてもらえる範囲に関しては、全部、きっちりやってこうと思ってる。それが受託屋として存在する証左になるし、ちゃんとやんなかったら、やりたいことの実現が遠のくだけだからね。

 

いわゆる "受託" って表現には、えふしんさんのいうような「アルバイト」だったり「ガチ」だったりっていうのとか、いろんな意味があるんだろうと思う。それはそれでいい。僕はそれらとはまた違った "受託" として解釈しているなと感じているけど、ま、多様性ってことで。でもって、多様性という観点では、「とりあえず受託」もアリな気はしている。「とりあえず受託」と「アルバイト」も違うと思うんで。ほんとに日銭が目下必要でアルバイトっていうなら、別に、受託じゃなくてもいいわけだし(引越し屋とか、もっとなんか日雇い系とかあるし)。

 

”とりあえず受託" みたいなのは、自分のふんどしで相撲を取りたい人たちの、ぎりぎりの台詞なんだろうと思う。そんで、その表現を見て「何をー!」みたくなる人たちは、なんというか、自分は誰のふんどしでどういう相撲を取りたいのかが、はっきりしてないのかしら?という気も実はしているんだけど、どうなんだろう? 僕は他人のふんどしで相撲を取るのが前提なので、"とりあえず" という気持ちは無いんだけども、そういう前提が無かったら、"とりあえず" という気持ちがあってもいいんじゃないかなあ。だって、「何をー!」ってなる人って、彼らの台詞が "とりあえず起業" だったら、別に「何をー!」ってならないんじゃないかなあって(ようするに、自分が受託やってるから、受託を自分の思う意味以外で取り上げられると…っていうことなのではっていう)。

 

とりとめなくなってきたから無理やりまとめると、"受託" って「手段」だと思う。やりたいことの何かを実現するための。"起業" も「手段」だし。ただ、事業の "運営" や "存続" は「手段」を有意なものにするために、うまいことやらなければならない「使命」だから、きちんとどうにかしないといけない。「手段」がとりあえずだろうがガチだろうが、「使命」は常に粉骨砕身でね。

 

とまあ、その辺きっちりしてれば、"とりあえず受託" だって何だって別にいいんじゃないか?…ということで、なんかいろいろ腑に落ちる人いるんじゃないかって、勝手に思った次第なのでありました。完。

 

僕自身は、受託をやってるからこそ、生きていけてます。